Shinchon Blues

シンチョン・ブルース

1990年前後、韓国・ソウルでの若者の激しいデモについてのニュースはたくさん日本に入ってきました。
その当時、ソウルの新村(シンチョン)という場所が、若者たちがあつまり、活動の拠点となっていました。
1966年生まれのコリアンは、このバンドについてよく知っています。しかし2年早いか、2年おそいかだと、名まえすら知らないコリアンが多い。パソコンで検索しても、おそらくほとんど情報がないのです。
新村ブルース(シンチョン・ブルース)は、この時代の若い人の心をとらえ、そして彼らが最も信じていたバンドではなかったでしょうか。

このバンドのいきさつについてはよくわかりませんが、アルバムは残っています。
1966年生まれのコリアンによると、ヴォーカルで、カリスマ的存在であった人物が酒で亡くなり、今は活動していません。
彼らがみずから自分のバンドに名づけた、”ブルース”ということばは、アメリカやイギリスだけのものではなく、韓国の音楽でありながら、全くブルースとして存在できている、そのことも、のちになって思えばよくあらわしているのです。
ブルースがなぜか人の心をつよくひきつける音楽であるということ、それはもしかしたら世界中変わらないかも知れないし、それならばどの言語でうたおうと、ブルースは流れてくるものなのでしょう。

つい最近のテレビ番組で、地方から大きな夢をいだいて、大都会、北京へやってきて、苦しみのなかをもがく若い人たちのことを知りました。
やはり夢というのはかなわないもの、お金もつきて、帰るところはどこにあるのだろう・・・ そんな思いでいる若い二人が、お酒をのみながら、流しになけなしの金を払い、うたをうたってもらいます。流しはギターをひきながら、中国語でうたいます。それが全くのブルースだったのです。

新村ブルースへの手がかりは、ベストアルバムを、ソウルでさがすことからしかはじまらないでしょう。近しい方がソウルをたずねるというようなことがあれば、CDをおみやげに買ってきてもらう、それくらいしか今のところ、この神秘のヴェールにつつまれたバンドを知るきっかけはないと思われます。

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